X線結晶構造解析
X線結晶構造解析(エックスせんけっしょうこうぞうかいせき、独: Kristallstrukturanalyse、英: X-ray crystallography、略称: XRC、X線結晶学とも)は、結晶構造へと入射したX線が多数の特定の方向に回折する性質を用いて、結晶の原子構造や分子構造を決定する解析手法である。回折したX線の角度と強度を測定することにより、結晶学者は結晶内の電子密度の3次元画像を作成することができる。この電子密度から、結晶内の原子の平均位置、化学結合、結晶学的無秩序などのさまざまな情報を決定することができる。
単結晶X線回折の測定は単一の結晶をゴニオメーターに取り付けて行う。ゴニオメーターは結晶の角度を精確に操作するために使用される。結晶に対して細く集束された単波長のX線ビームが照射され、反射と呼ばれる規則的な間隔のまだらな回折パターンが生成される。様々な方向から取得された2次元の回折パターンは、フーリエ変換による数学的処理とそのサンプルにおける既知の化学データを組み合わせて、結晶内の電子密度を示す3次元モデルへと変換される。結晶が小さすぎる場合や結晶の内部構成が十分に均一でない場合には、十分な解像度が得られず、時には不正確な結果を導いてしまう可能性がある。
X線結晶構造解析は、原子構造を決定するための他のいくつかの方法と関連している。同様の回折パターンは電子または中性子を散乱させることによっても生成でき、同様にフーリエ変換による解釈を行うことが出来る。十分なサイズの単結晶が得られない場合は、他のさまざまなX線による解析手法を用いることになるが、得られる情報の詳細さはX線結晶構造解析に及ばない。このような方法には、繊維回折、粉体回折、および(サンプルが結晶化されていない場合)X線小角散乱 (SAXS) が含まれる。解析対象の材料がナノ結晶粉末の形でしか入手できない場合や結晶化度が低い場合は、電子回折、透過型電子顕微鏡、および電子線結晶構造解析を用いて原子構造を決定できる。
上記の全てのX線回折法において散乱は弾性的であり、散乱されたX線は、入射X線と同じ波長である。これらと対照的な性質を持つ非弾性X線散乱を用いた解析手法は、原子の分布ではなくプラズモン、結晶場及び軌道励起、マグノン、フォノンなどのサンプルの励起を研究するのに有用である[1]
X線回折(エックスせんかいせつ、英: X‐ray diffraction、XRD)は、X線が結晶格子で回折を示す現象である。
1912年にドイツのマックス・フォン・ラウエがこの現象を発見し、X線の正体が波長の短い電磁波であることを明らかにした。
逆にこの現象を利用して物質の結晶構造を調べることが可能である。このようにX線の回折の結果を解析して結晶内部で原子がどのように配列しているかを決定する手法をX線結晶構造解析あるいはX線回折法という。しばしばこれをX線回折と略して呼ぶ。他に同じように回折現象を利用する結晶構造解析の手法として、電子回折法や中性子回折法がある。
ラウエは結晶中の原子の位置ベクトルrが、単位格子ベクトルをan、任意の整数unとして
- �=�1�1+�2�2+�3�3
と表されるとしてそれぞれの原子によって回折されたX線が干渉によって強め合う条件を導いた。干渉によって強め合う方向にのみ回折されたX線が観測される。
この条件は、散乱前後のX線の波数ベクトル(方向が波の進行方向で大きさが波数と等しいベクトル)の差(散乱ベクトル)をΔk、任意の整数をvnとして
- �1⋅Δ�=�1
- �2⋅Δ�=�2
- �3⋅Δ�=�3
と表される。これをラウエの条件という。
これに対してブラッグ父子は、X線回折を結晶中の原子が作る面(原子網面)がX線を反射し、平行な別の2つの面に反射されたX線が干渉によって強め合う現象と解釈してより簡素な条件を導いた。この条件は2つの面の間隔をd、X線と平面のなす角をθ、任意の整数n、X線の波長λとすると
- 2�sin�=��
と表される。これをブラッグの条件という。
ラウエの条件とブラッグの条件はまったく等価であり、これらの条件を結晶格子とX線の入射、回折の幾何的配置が満たしたときにはじめてX線回折が観測できる。
原子散乱因子
[編集]ラウエやブラッグは点状の原子がX線を回折するものとして扱ったが、実際にX線を回折するのは原子中に広がった分布を持つ電子である。位置ベクトルrの位置にある微小体積dV中で散乱されるX線の振幅はその位置での電子密度ρ(r)に比例する。よって原子がX線を回折する場合の散乱波の振幅fはこれを全空間に渡って積分したものになる。
- �=∫�(�)�2���⋅Δ���
このfを原子散乱因子という。
結晶構造因子
[編集]結晶においても同様の式が成立する。ここで、結晶中の電子密度はその各原子の電子密度の和で近似できるとする。位置ベクトルriの位置にある原子の原子散乱因子fiを使って結晶の散乱因子Fは
- �=∑����2����⋅Δ�
と書き換えられる。これのFを結晶構造因子という。結晶構造因子は一般的に複素数となる。
X線の散乱強度は結晶構造因子の絶対値の2乗に比例する。結晶によるX線の積分回折強度は�=���|�|2�2で表される。��は1個の電子の散乱強度、Nは結晶中の単位胞の数、Lは実験条件に依存する係数で、吸収因子を含むものとする。結晶構造解析は測定したX線の散乱強度から結晶構造因子を求め、さらにそこから結晶を構成する原子を同定する作業である。
試料の単結晶を作成してX線回折を測定することを単結晶X線回折という。通常、未知試料の分子構造を決定するために行われる。
単結晶X線回折技術は三段階の基本操作から成る。第一段階(しばしばこれが最も難しいのだが)は測定対象物質の適切な結晶を得ることである。結晶は十分な大きさ(一般的に全方向に渡って0.1 mm以上)と純度をもち、亀裂や双晶形成などの大きな欠陥のない規則的構造を取っているのが理想的である。
第二段階目として、結晶を強力なX線のビーム中に設置する。通常、単一波長のX線(単色X線)を用いることで規則的な反射光のパターンが得られる。結晶はゆっくりと回転しているため、前の反射光が消失するとともに新たなものが現れる。結晶の全方向について、反射光が当たった各点における強度が記録される。このように何万もの点を含むデータを、結晶の周囲一周分の半分をわずかに超える範囲について収集する必要がある。
第三段階として、これらのデータとそれを補う化学的情報をコンピュータで組み合わせることで結晶中における原子の配列モデルを作成、精密化する。最終的に得られた最適な原子配列モデル(結晶構造)は普通、公のデータベースに保存されている。
X線の散乱強度からは結晶構造因子の絶対値は求まるが、その位相については知ることができない。これを位相問題という。構造解析をするためには位相を何らかの方法で決定する必要がある。この方法の1つは重原子法と呼ばれる方法で、未知試料を重原子の塩などに誘導体に変換してから単結晶X線回折を測定する方法である。重原子が存在すると重原子の電子密度が大きいために結晶構造因子は重原子の原子散乱因子を含む項だけで近似できる。
実験に用いるX線の波長が選択できる場合、その原子の異常散乱を利用することで位相を決定することも可能である。これは主にタンパク質の構造決定法で、一般的にはSeやXeの異常散乱を複数の波長で測定し、位相を決定する。特に、Seはタンパク質中にセレノメチオニンとしてメチオニンの代わりに取り込まれる性質があることから、セレノメチオニン置換タンパク質の結晶とSeの異常散乱を使った位相決定はタンパク質X線結晶構造解析で定石となっている。
もう一つは直接法(direct method)と呼ばれる方法で、強度の強い回折線についていくつかの位相を仮定して矛盾が無い構造が得られるまで試行錯誤を繰り返す方法である。
単結晶で注意が必要なのは、その構造が双晶になっている場合である。回折を見たとき反射強度が充分にあったとしても双晶である場合は結晶が張り合わさったパターンを検出しており、その構造を特定するのは容易ではなくなるため、構造決定は経験とセンスにゆだねられることが多くなる。
また、構造解析ソフトによっては温度因子を考慮していないものもあるので、常に自分がどのような化合物を合成したのか考える必要がある。
この節の出典は、(Bendory & Edidin(2022))、(塩谷.郷原(2011)) による
装置
[編集]X線回折計はX線の発生部、試料室、検出部からなる。
X線の発生部は通常X線管球が使用される。これは陰極で発生させた熱電子を対陰極(陽極)の金属に衝突させてX線を発生させるものである。対陰極に使用される金属に応じた特性X線とバックグラウンドとして白色X線が放射される。発生したX線は、単一波長のX線(通常はKα線)を取り出すためにフィルターを通す。このフィルターには対陰極に使用する金属より原子番号が1つ小さい金属が使用される。これは主にKβ線を吸収するので、β-フィルターとも呼ばれている。さらにバックグラウンドの白色X線を除くためにグラファイトの単結晶でX線回折させて単一波長のものだけを試料室へ導く。このグラファイトの単結晶はモノクロメーターと呼ばれている。
この方式では通常はCuKα線(λ=0.15418nm)が用いられることが多い。特に強度の高いX線が必要な場合にはMoKα線(λ=0.071073nm)が用いられる。
また、さらに強度の強いX線が必要な場合には、放射光の白色X線を利用することもある。
検出部はかつては写真乾板が使用されていたが、現在では比例計数管が使用されている。
また近年では比例計数管に代わりCCD検出器やイメージングプレートなどの2次元検出器を用いる場合もある。2次元検出器を用いると多数の回折点を一度に測定できるため、多くの回折点の測定を短時間で行うことができる。CCD検出器(デジタルカメラに似た装置)を用いると、X線回折データを即座に計算機に読み込み、強度積分、スケーリングなどの統計処理を行うことができる。イメージングプレートは測定毎に前回の画像の消去を行う必要があるため、CCD検出器ほど高速な測定はできないが、CCD検出器よりも広い範囲を一度に測定でき、ダイナミックレンジも広く所謂『サチり』を起こしにくい。なお、2次元検出器はその特性上、回折点の正確な位置を決定できない。結晶の格子定数を精密に求めたい場合など、測定の目的によっては比例計数管を用いたほうが有利な場合もある。
発生部と試料と検出部は常にブラッグの条件が満たされるように連動して動くようになっている。すなわち入射X線に対して試料をθ回転させると同時に、検出部を2θ回転させるようになっている。このような仕組みを持った装置をゴニオメーターという。単結晶X線回折を測定するためのX線回折計では、検出部とは独立に試料を3軸に対して回転できるようになっている。この装置は4軸X線回折計という。
X線装置を使用した後は、電球がとても熱くなっているため、しばらく冷却水を流しておかないと発火し、機械が壊れることがあるので注意が必要である
2025年8月21日 | カテゴリー:AUTODOCK VINA,CLUS PRO/BIOINFORMATICS |